剣山

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剣山は、四国に位置する標高1,955mの山で、西日本第二の高峰であり、徳島県の最高峰である。徳島県三好市東祖谷、美馬市木屋平、那賀郡那賀町木沢の間に位置する。日本百名山の一つ。別名太郎笈。
一帯は剣山国定公園に指定されている。山頂付近の剣山御神水は環境省選定名水百選。剣山水源の森は林野庁選定水源の森百選78番。剣山山系は徳島県観光協会・徳島新聞社選定とくしま88景。

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雨乞の滝

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雄滝、雌滝の二つの流れを持ち、雄滝は直下27m、雌滝は落差45mで、三段になって滝つぼに流れ落ちる。豊かな自然の中で、様々な景観を見せ、特に、秋のモミジの紅葉は絶景。
「日本の滝100選」に選ばれている。
一般的に雄滝の方が大きいものだが、どうしてここでは大きい方が雌滝なのだろうか。


海がめ

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日本でうみがめが上陸する海岸は約10カ所あり、
その内の一つ、美波町日和佐の大浜海岸では
毎年30頭前後のアカウミガメが産卵のために上陸します。
大浜海岸で見ることのできるアカウミガメは全長1m~1.2m、
体重は約100kgもあります。

大歩危・小歩危

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大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)は2億年もの時を経て、四国山地を横切る吉野川の激流に結晶片岩(けっしょうへんがん)が削られてできた渓谷です。
この辺りは四国山脈を越えるときに必ず通らなければならない場所で、崖が切り立ち、川の流れも速く、古くからの難所として有名です。そこで、「大股で歩くと危ない」という意味で「大歩危」、「小股で歩いても危ない」という意味で「小歩危」と呼ばれるようになりました。
大歩危峡は、ごつごつした巨岩・奇岩が5kmも続き、その下流の小歩危峡は、岩の表情は穏やかですが、曲がりくねって流れが速いのが特徴です。
この渓谷は剣山国定公園を代表する名勝の一つとして、夏は深緑、秋は紅葉が彩り、遊覧船から見上げる大歩危峡の断崖絶壁は見る者を圧倒します。また、日本一の激流と呼ばれる小歩危峡は、ラフティングの名所としても全国的に知られています

アッカン!!!!

うだつ

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「うだつ」とは隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことで、これを造るには相当の費用がかかったため、裕福な家しか設けることができませんでした。 すなわち「うだつが上がる」ということは富の象徴であり、脇町に残る「うだつの町並み」は当時の繁栄を物語っています。

各家々のうだつには家紋や細工が施され、その豪華さが商人の権威を表しています。それは見事な芸術品といってもいいほどの手の掛け様で、脇町には、こうしたうだつの上がった商家が400mにも及び軒を連ねています。この町では、図書館を始め学校、郵便局、スーパーまでもが本瓦に塗籠め壁、うだつを上げた建物で造られています。これらは近年新しく造られたものですが、ここに暮らす人々の文化を守る姿勢がうかがえます。

情緒あふれますね。

阿波人形浄瑠璃

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阿波人形浄瑠璃は、徳島県の各地に伝承されている義太夫節(ぎだゆうぶし)による
三人遣い(さんにんづかい)の人形芝居です。かつては、各地の神社の境内に建てられた
農村舞台で祭礼などとして上演されてきました。
阿波人形浄瑠璃の大きな特徴として、人形の首(かしら)の大型化があげられます。
これは明治の初めから中頃にかけて、農村舞台での効果を考えて加えられた工夫と思われます。
さらにこの首の使用につれて、それを生かした大振りな人形操作による独自の演出法も生まれました。
そして、西日本の代表的な人形浄瑠璃として発展し、周辺地域の人形浄瑠璃にも影響を与えてきました。

すばらしい伝統ですね、

四国八十八ヶ所巡

今からおよそ1200年前にお大師さま(弘法大師・空海)が修行された場所やその跡をたどり、お大師さまの霊力による奇蹟を求めて歩き始めたのがはじまりといわれています。
その後、一般庶民に広まり現在に至っています。全行程約1440キロ、発心の道場(阿波・徳島23ヶ寺)、修行の道場(土佐・高知16ヶ寺)、菩提の道場(伊予・愛媛26ヶ寺)、涅槃の道場(讃岐・香川23ヶ寺)と四国を一周する遍路巡拝は、同行二人つまり、お大師さまと共に心身をみがき、88の煩悩を一つひとつ取り除き、大自然の中で生かされている自分自身を見つめ直す修行の旅です。また宗派を問わず、お参りをされる人々の願いが成就される信仰の場でもあります。荒々しい太平洋の波、おだやかな瀬戸の内海、険しい四国の霊山、のんびりとした田園、変化に富み、俗塵を離れ、大自然に接し、また人との触れ合いの温かさに感謝し、生きている喜びを感じ、身も心も生まれ変われる遍路旅です

藍染

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「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがありますが、藍染めの青い色は、
「JAPAN BLUE」として世界に知られるほど深く鮮やかな日本の色です。
阿波の風土を映すように深い魅力があります。
この藍の色は、タデ科に属する1年生草本の葉に含まれる青藍を染料として生まれてくるもので、この染料をとるために阿波では古くから藍が栽培されてきました。阿波藍の歴史は平安時代にさかのぼるといわれ、やがて、吉野川流域は日本最大の藍作地帯として知られるようになります。阿波藍は、流域の人々に大いなる繁栄をもたらし、さまざまな文化を育ててきたのです。

阿波おどり

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阿波おどりの起源については、いろいろな説がありますが、盛んに踊られるようになったのは、
蜂須賀家政が天正14年(1586年)徳島県入りをし、藍、塩などで富を蓄積した頃からといわれています。小江戸と呼ばれた徳島で藍商人が大活躍し、阿波おどりを豪華にしていきました。
藍商人が衰退した後も、市民社会に定着し、自由な民衆娯楽として花開きます。
特に戦後の阿波おどりの復興ぶりは目ざましく、今では日本を代表する民族舞踊の地位を確保しました。

踊ってみたいなーー

鳴門海峡

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鳴門市孫崎と淡路島との間の鳴門海峡には、大小無数の渦が巻きます。
潮の干満によって生ずるこの渦は春と秋の大潮時に最大になり、潮流時速20km、
最大直径20mにも及ぶものがあります。
百雷のごとくすさまじい轟音を立てて渦潮が交錯しながら流れていくさまは壮観です。
一般的に、満潮と干潮は1日2回ずつあります。鳴門海峡では、
この満潮時と干潮時に渦潮が発生します。
また、満潮時と干潮時の前後1時間半が見ごろといわれています。

おぞろしーーーー!